パソコン健忘禄


私がパソコンに初めて接したのは1980年初頭でした。

当時、NECからPC8001というパーソナルユースのデスクトップ型パソコンが発売されました。

当時の価格はたしか20万円近い金額ではなかったでしょうか。

形は今とは全く異なったキーボード一体型本体で、横長で専用ディスプレイを接続して使いました。

使える色は16色。文字はアルファベットと仮名の表示しかなく、漢字は使用できませんでした。

専用ディスプレイも解像度が低く、ラインアート程度のグラフィックしか表示できません。

プログラムのダウンロードにカセットテープを使用するといった、今では想像もつかない非常に牧歌的な時代でした。

その後、ピザ皿ぐらいの大きさの8インチディスクドライブ装置と5インチドライブ装置が発売され、接続できるようになりましたがその容量は一枚で256Kバイト、両面で512Kバイトといった、現在販売されている4GUSBメモリーの1/8000倍程度の記憶容量しかありませんでした。

IBM互換機

当時、大学生であった私は、学校の授業では汎用コンピューター富士通FACOM(IBM互換機)にパンチカード式のプログラミングカードでプログラムを作成し、プログラムの実行を選任オペレータへ提出してプログラムをロードしていました。

私の作ったプログラムは、情けないことに無限ルーチンにはまりタイムアウトになるか、プログラムエラーで実行がストップするかどちらかでした。

プログラムの結果はラインプリンターで打ち出され、紙束が輪ゴムで丸めら置かれていましたが、ほとんどがエラーメッセージであった記憶があります。

当時のプログラム作成はワンラインごとにカードを作成し、それらが実行されます。画面上でエディットするなどとてもできない時代でした。

一度プログラムを走らせると後戻りができない、イチかバチかのギャンブル的プログラミング作業が、いまでは懐かしい思い出ですね。

そのような時代でしたので、自分の机でプログラム結果が確認できるパーソナルユースのコンピュータは当時羨望のマシンだったのです。

あれから30年以上経過した今日、当時の最新マシンと同じ価格で100倍以上の処理能力を持った、持ち運びのできるノートパソコンを個人的に利用することができるなど、あの当時とても予想できませんでした。

ヒットビット

私がサラリーマンとして会社に入社して、はじめて自分のお金で購入したPCはソニーのHitBit SMC-777でした。

松田聖子さんが宣伝していたソニーの一般消費者向けPCでした。(当時のコマーシャルはヒットビットと人々を掛け合わせていましたね)

ソニーらしく美しいグラフィック機能をアピールするため、グラフィックメモリーに当時高価なSRAMを搭載し、映像処理の優位性を強調していました。

価格も結構高くシステム全体で20万円前後だった記憶があります。

SRAMはDRAMのように常に電源が供給された状態でアクセスして情報を書き換える必要がないため、情報の呼び出しが高速でグラフィックメモリーに適していましたが、メモリー単価が高いためふんだんに使用すると高額なマシンとなりなかなか一般人が購入するのに躊躇しました。

しかしこのマシンは3.5インチのディスクドライブシステムが搭載してあり、クリーンなコンピュータ設計がされていたため、CPMなどのDOSも販売されディスクドライブからオペレーションシステムをローディングして使用できる画期的な製品でした。


MacSE30とPC98

SMC-777はそれなりに使い込んでいましたが、まだまだ道具として使用するにはソフトウエアや外部接続機器などの周辺機器の整備が発展途上だったため、自分の頭で描いていたパソコンを使った楽しみ方が十分にできないことにストレスを感じていました。

そこで出会ったのがマックです。

マッキントッシュ/SE(週刊アスキーのサイトに製品の詳細が掲載されています

当時の値段で50万円程しました。

しかしその値段だけの価値はありました。添付ソフトとしてハイパーカードというまさにHTMLで作成する感覚で操作できるアプリケーションがついていたのです。

当時、そのプログラミング言語はハイパートークと呼ばれ移動ボタンやアクションボタンをグラフィックソフトで作りそれにアクションを割り当てることができました。

IF文や繰り返しなどのプログラミングもできました。まさにWebの世界です。

しかし、当時の日本はNECのPC98が全盛時代、パソコンといえばNEC、PCお宅の人はシャープのX68000。

PCに使用するCPUは2つのアーキテクチャに分かれていました。

インテル社の8000シリーズ、モトローラ社の68000シリーズ。

NECのPC9800はインテル、マックはモトローラのCPUを採用していたのです。

当時は日本はNEC全盛期時代でパソコンといえばNECという構造でした。

現在日本の大手メーカーは数えるほどしかありませんが、当時はキャノン、三洋、リコー、ソニー、シャープ、沖など大手電機メーカーのほとんどが販売していました。

日本語ワープロソフトの一太郎+PC9800がオフィスのデファクトスタンダードでした。

マックは漢字トークという日本語フロントエンドプロセッサーで日本語が表示できるようになっていましたが、ワープロソフトなどが不十分で一部のマニアックな人が購入するといったマシンでありました。

パソコン創世記にもたらしたイノベーションの結果が意味するものは…..

この書籍はコンピュータの記録媒体であるディスク装置の歴史的な流れから、技術革新がもたらす市場と企業間の戦い、企業の戦略と苦悩をロジカルに解説した非常に読み応えのある書籍です。

昔に名をはせたミニコンメーカーやIBM、富士通、日立など最先端の技術革新がもたらした真実を書き綴っています。書籍版、電子書籍版共に販売されています。


会社概要 特定商取引 個人情報の収集 
Copyright (c) 2013 Data Pract. All Rights Reserved.